マリ帖

ここはライター瀬山野まりのサイトです。

【映画感想】『メッセージ』2016年/アメリカ/116分

メッセージ

メッセージ (字幕版)

  2016年/アメリカ/116分
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 脚本:エリック・ハイセラー 原作:テッド・チャン

■あらすじ

突如世界各国の現れた謎の地球外知的生命体。
紡錘状に聳え立つ黒い謎の物体に人々は慄いた。
意思の疎通を図るため、言語学者のルイーズが軍から指令を受け対話を開始する。
彼らは人類にとって脅威となる存在なのか。
「何をしにきたのか」を問うルイーズ。
彼らは、何をしに、そして何を伝えようとしているのか――

 

アカデミー賞ノミネート、音響編集賞受賞作品

 監督は、『ブレードランナー2049』や『ボーダーライン』の監督も務めたドゥニ・ヴィルヌーヴ氏。近日公開予定の『デューン 砂の惑星』でも監督に抜擢されています。手掛けた作品は人の感情の機微を丁寧に描き出し、魂に訴えるような作品ばかりです。無常な世界の中で、眩く人の煌めきを華美せず、切なさも残酷さも内包しながらそのままの美しさで表現する監督です。

 この『メッセージ』も同じく。美しく神秘的な知的生命体との対話は、静かで荘厳な印象を受けながら、その強大な存在を前にした人類の矮小さ、内にある可能性の大きさ、熱さや輝き、酷薄さ、そんな複雑な人の在り方を見せてくれました。

■人類よりはるかに高度な知的生命体との対話で何を得ていくのか

 人類の概念を破壊する姿にまず圧倒されます。宇宙人といえば異形のものが多いながら、頭、胴体、手足、に相当するものは見られることが多いものです。黒く紡錘状の物体が宇宙船なのか、それ自体が生命体なのかも検討もつきません。インパクトのあるその物体を前にして無力感、虚脱感が俄かに過ります。

 意思の疎通などできるのか、という不安の中、ルイーズと謎の生命体との対話は静かに始まります。静寂を効果的に使う音響にいつのまにかその場に自分が居るような臨場感を感じさせました。少しずつ歩み寄っていく地球外生命体とルイーズ。彼らを探っていき、そしてたどり着く結末には、大きな驚愕と共に、それを受け止めるルイーズへ強い思いを寄せざるを得ません。

 地球外生命体とのヒューマンストーリー、ではなくこれは紛れもなく人と人のヒューマンドラマです。謎の生命体の解明という地球の存亡にも関わる巨大な命題とともに主人公たちの人生というミクロ的な問題をクローズアップ。謎の生命体という現代ではありえない存在の干渉によってはじめて見える人生哲学が、見ている全ての人への問いにも繋がっていきます。

 派手なSFアクション映画も良いものですが、こんな人の心に深く丁寧に触れるSF映画も良いものです。人々の思いを美しく神聖に描く『メッセージ』、未見の方はぜひ見てください!

 

配信状況(2020年11月現在)

定額見放題 dTVTSUTAYA TV 
レンタル Amazon Prime video U-NEXTYouTubeRakuten TVビデオマーケット


注! 以下ネタバレあり感想です。

 

 

 

 

 

 

 

■結末の見えてもそれを選ぶ先にあるもの

 ルイーズが時折見ていたシーンは記憶ではなく、未来のもの。それを理解した瞬間これまでのさまざまなシーンが色鮮やかに浮き上がり、鮮烈なメッセージとなって視聴者を圧倒します。瞬間、理解する結末。ルイーズの記憶のように描かれていた死んでしまった子供のシーン。じゃああの子供は。あの子はこれから。そんな不安を覚えながらも理解し悲哀が湧き上がってくる急激な情緒の変化に、腹の奥底からぐちゃぐちゃになった感情が急激に膨らむようでした。

 言語によって積み上げられた世界は、言語によって見え方が一変してしまう。それは時を越え、時の捉え方までも超越するものでした。地球外生命体による人類の常識を覆す世界観は理解することが非常に困難なものです。しかしそれによって齎された葛藤は例え超人的な事態であっても、すぐそばで感じられる身近な苦悩のそれとして私たち視聴者の同じ地の上に立っている存在となることで、置いてけぼりになりようなことはなかったと思います。

 死んでしまうのだと理解しても、それでもルイーズが子を授かる未来を選ぶ理由もわかってしまう。見えた未来の子との時間はあまりにも温かくて幸せで、子を愛し愛された時間はどうしたってなくすことなどできないことも、視聴者はその複雑な設定や心情の全てを一瞬で理解してしまう映画の構造に唸ります。

 人一人が受け止めるにはとてつもなく大きくて残酷で切ないと思わずにはいられませんでした。ルイーズの選択は悲しいほどに理解できてしまうことが、この映画で腑に落ちながらもずっと問い続けてしまうような重みとなって心に残る理由だと思います。

 作中のミステリーとともに作品の構造がわかる瞬間のカチリと嵌る快感は見事なもの。音楽と映像そして演出で視聴者をしっかりと包み込んだ神秘的で神聖な空気の中で、鮮烈な光となってカタルシスを感じられる、そんな印象的な作品です。

 

■失い苦しむことを知っていても手を伸ばすことができるだろうか?

 この映画を見終わって、私は20年以上一緒に暮らした愛猫のことを思い出していました。あの子が旅立ったときの苦しみは今でもある。思い出す最期のあの子の顔とぬくもり。固くなっていく体。あれから何年も経っているのに今でも生きながら身を削るような痛みを覚えることがあります。

 ですが、もしこの痛みを知っていても、それでも私は何度でも橋から落ちそうになっていたあの子を拾って共に生きることを選ぶと確信します。映画を見て自問し、あの子と共に生きた時間がどれだけかけがえのないものだったのかを改めて思うこととなりました。

 『メッセージ』は大切な誰かとの思い出を、より一層深め、ゆるぎないものとしてくれていたように思います。この作品は「別れを知っていても手を伸ばすのか」という自問をするきっかけとなりました。これまでの決断を思うとき、そしてこれから何か大切な選択をするとき、この映画で感じたことを私は思い出すのでしょう。